EXIT兼近大樹の出身地は札幌市北区!極貧生い立ちと家族の現在
お笑いコンビ「EXIT」のボケ担当としてお茶の間を沸かせ、近年はコメンテーターや小説執筆など多方面で唯一無二の存在感を放ち続ける兼近大樹さん。持ち前の明るいキャラクターとは裏腹に、メディアで時折明かされる「壮絶な少年時代の記憶」は、多くの視聴者に強い衝撃を与えてきました。
ファンの間でも特に関心が高いのが、彼のルーツである北海道札幌市北区での暮らしや、過酷を極めた実家のエピソードです。どのような家庭環境で育ち、なぜ高校中退という道を選んで現在のスターダムへと駆け上がったのか。地元・札幌新川での幼少期から、母親・父親・兄弟たちとの現在の関係性まで、最新情報を交えて徹底的に紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:兼近大樹の出身地は北海道札幌市北区新川で、小中学校も同地区の公立校を卒業している。
- 要点2:両親の離婚後は極貧生活を経験し、妹の学費を稼ぐため高校を中退して昼夜働く過酷な生い立ちを持つ。
- 要点3:現在は家族へ恩返しを果たし、地元・北海道への深い愛着と地域貢献の姿勢が道民からも高く支持されている。
【地元判明】兼近大樹の出身地は北海道札幌市北区!新川エリアの知られざる原風景
兼近大樹さんの出身地は、北海道札幌市北区です。北区の中でもJR学園都市線や新川が流れる比較的落ち着いた住宅街である「新川エリア」で少年期を過ごしました。
札幌市北区は市内でも人口が多く、自然豊かな公園と住宅地が調和したエリアですが、兼近さんが育った環境は決して裕福なものではありませんでした。広大な北海道の自然に囲まれながらも、生活は常に困窮と隣り合わせ。幼少期は自然の生き物を捕まえたり、近所の公園を遊び場にしたりと、お金をかけない工夫を凝らしながらたくましく育ったことが、後のポジティブな人間性の礎となっています。
現在でもテレビ番組や自身のSNSで北海道愛を公言しており、ローカル番組への出演や地元イベントへの参加時には、札幌弁を交えながらリラックスした表情を見せるなど、故郷への強い愛着を持ち続けています。
壮絶な実家の貧乏エピソードと生い立ちの真相|ティッシュにマヨネーズの真偽
兼近大樹さんの生い立ちを語る上で欠かせないのが、数々のメディアで話題となった実家の極貧エピソードです。あまりの過酷さに「誇張ではないか」と疑われることもありましたが、その多くは本人の口からリアルな質感とともに語られた真実です。
特に有名なのが、空腹を紛らわせるために「ティッシュにマヨネーズをかけて食べた」という逸話です。当時、食べるものが家に何もない極限状態の中、調味料の味で飢えをしのいでいたと語っています。また、幼少期に父親の会社が倒産したことで生活環境は一変。ライフラインが止まることも日常茶飯事で、お風呂が使えない時は台所の冷水シャワーを浴びていたという壮絶なエピソードも残っています。
さらに、誕生日やクリスマスといったイベントも一般的な家庭とは大きく異なっていました。サンタクロースからのプレゼントとして枕元に置かれていた手紙に「プレゼントは夜空の星だよ」と書かれていた話は有名です。兼近さんはこれを悲観することなく、「自分の星があるんだ」と前向きに捉えていたと振り返っており、この幼少期の過酷な経験が、どんな逆境も笑いに変える現在の芸風へと直結しています。
兼近大樹の出身校・学歴まとめ|札幌新川小学校・中学校から高校中退を選んだ理由
兼近さんの学歴を振り返ると、地元である札幌市北区の公立校に通っていたことが分かります。
出身小学校は札幌市立新川小学校、中学校は札幌市立新川中学校です。小・中学生時代は野球に打ち込んでおり、ポジションはピッチャーやショートを務めていました。抜群の身体能力を誇り、中学時代には強豪校からスカウトが来るほどの有望選手でしたが、ユニフォーム代や遠征費といった金銭的負担を親にかけられないという理由から、野球の道を断念せざるを得ませんでした。
中学校卒業後は、北海道札幌白石高等学校(定時制)に進学します。しかし、この高校生活は長くは続きませんでした。家庭の経済状況を支えるため、そして妹を高校へ通わせるための学費を稼ぐ目的で、自ら高校を中退する道を選びました。
中退後は、朝は新聞配達、昼は建設現場での鳶職(とびしょく)としてがむしゃらに働き、給料のほとんどを実家へ入れ続けました。学歴としては中卒となりますが、家族のために10代の青春を捧げて働いた経験が、彼の責任感の強さと深い優しさを育んだことは間違いありません。
家族構成と現在の関係|女手一つで育てた母親と個性派な父親・兄弟妹の絆
兼近家の家族構成は、両親と兄、姉、本人、妹の4人兄弟(6人家族)です。兼近さんが中学生の頃に両親が離婚し、子どもたちは母親の照美(てるみ)さんに引き取られました。
女手一つで4人の子どもを育てるため、母親は昼夜を問わず働き詰めでした。兼近さんはそんな母親の背中をずっと見て育ったため、母親に対する感謝と尊敬の念は人一倍強いことで知られています。売れっ子芸人となった現在では、母親にマンションをプレゼントするなど親孝行を果たしており、テレビ番組で共演した際にも仲睦まじい親子の絆を見せています。
一方、父親の勇治(ゆうじ)さんも非常に個性的なキャラクターの持ち主です。リフォーム関係の仕事を営みながら、現在でもSNSを通じて息子の活動を応援するなど、ユーモラスな交流が続いています。離婚後も父親との関係は断絶しておらず、適度な距離感で良好な親子関係を保っています。
兄弟仲も非常に良好です。兄の祐輝(ゆうき)さんはビジュアル系バンドで音楽活動を行っていた経歴があり、妹の雪乃(ゆきの)さんに対しても、かつて学費を工面したエピソードの通り、兼近さんは兄として深い愛情を注ぎ続けています。
非行から人気芸人へ|EXIT兼近の波乱万丈な経歴と地元札幌への想い
10代の後半、過酷な環境と孤独から一時期は夜の街に身を置き、警察沙汰になるなど非行の道へ足を踏み入れた時期もありました。しかし、ピース・又吉直樹さんのエッセイ本『第2図書係補佐』に出会ったことで読書の面白さに目覚め、「自分も誰かの心を動かす人間になりたい」と上京を決意します。
東京NSCを経て、2017年にりんたろー。さんと「EXIT」を結成。“ネオ渋谷系漫才”と称されるチャラ男漫才で瞬く間に大ブレイクを果たしました。自身の過去の過ちや生い立ちを隠すことなく公表し、自伝的小説『むき出し』を発表するなど、表現者として誠実に過去と向き合う姿勢は幅広い世代から支持されています。
地元・札幌市北区への愛着は今も変わらず、北海道のローカルイベントや復興支援活動にも積極的に関わっています。過酷な少年期を過ごした札幌新川の街は、彼にとって苦難の地であると同時に、人間性の原点とも呼べる大切な場所となっています。
【兼近大樹 出身地】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:兼近大樹さんの正確な実家の場所はどこですか?
A1:兼近さんの出身地は北海道札幌市北区新川です。通っていた小中学校の学区からも、新川地区周辺で幼少期から青年期を過ごしたことが明らかになっています。
Q2:極貧時代のエピソードは本当ですか?盛っている部分はありませんか?
A2:ティッシュにマヨネーズを塗って食べた話や、ライフラインの停止、野球の道を金銭面で断念した話など、本人が語るエピソードは実体験に基づいています。当時の過酷な生活ぶりは、共演した実母や兄弟の証言とも一致しています。
Q3:兼近さんは現在、実家の家族と同居していますか?
A3:同居はしていません。兼近さんは仕事の拠点である東京で生活していますが、札幌に住む母親には住居をプレゼントするなど、現在も経済的・精神的に手厚くサポートを続けています。
まとめ:過酷な故郷での原体験が培った兼近大樹の人間力と今後の躍進
兼近大樹さんの原点である北海道札幌市北区での暮らしは、想像を絶する貧困と苦難の連続でした。しかし、その過酷な生い立ちに押しつぶされることなく、家族のために汗を流し、笑顔を絶やさず生き抜いた経験こそが、現在の彼の優しさと強固なメンタリティを形作っています。
チャラ男キャラの裏側にある誠実さ、弱者への寄り添い、そして地元・北海道への深いリスペクト。単なるお笑い芸人の枠を超え、言葉の力で人々を魅了し続ける兼近さんが、今後どのような活躍を見せてくれるのか。北の大地で育まれたその人間力から、これからも目が離せません。 (出典: 兼近大樹 出身地(Yahoo!ニュース))